漱石と猫?
とりとめもないことなんだけど、通勤途中とかで漱石のことを考えたりする。勤めにいきたくないのだろうか?まあそれはいいが、実は漱石が作家として最初に書いたのが我輩は猫であるだが、この作品が好評だったので作家をつづけたわけだが!この猫の視点でものがたりを書くというのはいろいろ意味があるとおもえばおもえるわけで、たとえばロンドンで漱石が自分のことを犬のごとくおもったのを猫に置き換えたのか?ロンドンで錯乱状態で濫読していたのを見ていたらこういう風であったろうと猫に置き換えて描写したのか?精神医療でロールプレイみたいな治療法があって、いろんな関係を劇の役割をはたすことで再認識して治療するほうほうがあるが、それを猫になることで認知の再構成をしているとみてよいのではないか?とも思ったりする。
もっと不思議に思うのは、ロンドンから帰ってきて最初に書いたのが、童話にもちかい、ファンタジー的な猫であるということ。
イギリスの文学にはこういう童話というか、ファンタジーの名作ってわりとある。
近年のハリポタはもとより、ロンドンでいえばピーターパンとか、猫みたいなファンタジー寓話を書いたのもこういうファンタジーを生みだす英国文化の影響かあるいはロンドンの薄暗い現実がこういう幻想への逃避を生み出す環境ともいえるのか(ロンドン塔の記述を参照!あそこでも漱石はたびたび空想にはいっていっている。)
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